岡山地方裁判所 昭和44年(行ク)7号 決定 1969年10月02日
申立人
森安三隆
外四名
被申立人
岡山大学学長
谷口澄夫
主文
被申立人が昭和四四年九月一五日付をもつてした別紙(一)記載の処分のうち、マイクの使用を禁止する部分の効力を停止する。
申立費用は被申立人の負担とする。
理由
申立人らは主文第一項同旨の裁判を求め、その理由として、別紙(二)記載のとおり主張し、被申立人は、申立棄却の裁判を求め、別紙(三)記載のとおり主張した。
よつて審按するに、
一、被申立人が昭和四四年九月一五日付をもつて、申立人ら主張の内容の行為をしたことは被申立人の争わないところである。そのうち申立人らが本案訴訟において取消を求めている部分は、行政庁たる被申立人のいわば立法行為の性質をもつ処分であるが、これにより、岡山大学に在学する者らの憲法によつて保障された言論その他の表現の自由が直接かつ具体的に影響を受けるであろうことは、その内容自体に徴して明らかであるから、右部分の効力については、行政事件訴訟法第三条第二項所定の「処分の取消しの訴え」によつて争うことができると解するのが相当である。
二、およそ大学は学問研究および高等教育の場であり、その機能を十全に発揮することがひいては文化推進の中枢的役割を果す所以であるから、この目的のためには、大学自体があらゆる政治的権力を超えて、能う限りの自治を享有しうべく、なんぴとといえども濫りにこれを侵すことは許されない。したがつて、被申立人が大学本来の機能の完全な回復を庶幾して、これに牴触する学生らの言論の行使の方法を制限することは、それが前記大学の在り方や目的にそう合理的な根拠をもつ限り、ただちに憲法第二一条や第二三条に違反するとはなし難い。
三、しかしながら、本件疎明の全趣旨によれば、本件申立の対象となつている「マイク使用禁止」部分は、大学本来の使命に背馳して、学問研究、教育の円満な実現を侵害するような方法で言論を行使しようとする学生に対しても、また、これと反対に真に学問研究や教育の在り方を論じ、暴力的学生を説得しようとする学生に対してもひとしく適用されるほか、大学における研究や教育の行なわれるべき時間、あるいは教職員の執務時間以外の時間についても、そしていやしくも大学の構内である限り、校舎、寮、運動場のいずれの場所についても、一律に適用されることになつており、かつ、その適用期間の定めはなく、また、右禁止を個別的に解く許可の基準や申請の手続についての定めもない事実が疎明される。そうしてみると、本件の「マイクの使用禁止」は、被申立人の許可の途を開いているとはいえ、その実質は、言論、表現の自由に対する無限定的ないわゆる一般禁止であると言わざるをえない。被申立人の主張するところによれば、右許可の基準や申請の手続についての定めは設けていないけれども、前者については、大学の管理責任者たる被申立人の判断により大学の機能が妨害されるか否かによつて許否を決すべく、後者については、学部または学生部を通じて行うという慣行が存すると言うのであるが、成程、被申立人が大学の管理責任者の立場において、激動する大学の紛争を収拾して、その静謐を確保し、いかなる意味の暴力をも許さないという姿勢を持しており、かつ、それが必要であることは、その主張自体によつて疎明されるけれども、被申立人が行う右許否の判断にあたつて拠るべき基準が設けられていないということは、言論その他表現の自由の制限につき、その合理的な範囲が客観的に明確にされていないということに帰し、また、その申請の手続を欠く理由とされている右慣行の存在につき疎明のないことをも併せ考えるならばさきに述べた大学の目的や機能に由来する広範囲の自治の要請を尊重すべきことを考慮に入れても、なお、本件処分部分は憲法第二一条に違反する瑕疵あるものというべく、したがつて本件申立は行政事件訴訟法第二五条第三項所定の本案について理由がないとみえる場合には該当しない。そして本件処分により、申立人らが学生として制限を受ける言論、表現の自由に対する打撃は、回復困難で、これを避けるため緊急の必要があることにつき申立人西釈徳章、森安三隆の各陳述書による疎明があるほか、本件の場合には、処分の執行または手続の停止によつて目的を達しうる場合でないことが明らかであるから、右法条第二項に則り、申立人等の本件申立を認容することとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。(裾分一立 東条敬 佐々木一彦)